国内における性別再指定(性転換)手術実施に関する見解と要望

「TSとTGを支える人々の会」では、1998年9月7日、埼玉医科大学東学長殿、安倍院長殿、山内倫理委員長殿、また一部の報道機関各社に、下記の「見解と要望」をお渡ししました。 
 この件は9月8日付読売新聞埼玉版に「性転換手術延期」の記事の一部として報道されました。


「国内における性別再指定(性転換)手術実施に関する見解と要望」                                 1998年9月7日               TSとTGを支える人々の会 主宰者および運営委員一同  当文書は、一昨日より一部の報道機関によって取材が行われている、1993年に埼玉 医科大学が実施したとされる性同一性障害者への医療措置をめぐる一連の状況を踏ま え、性同一性障害者の自助・支援グループである「TSとTGを支える人々の会」を主宰・ 運営する立場から、見解と要望を述べるものです。現在、会として知り得る情報は限 られたものであり、取材の対象となっている医療措置についても不明な点が多いため 判断が下し難い状況です。現時点では公式な情報が得られないため、前提が誤りであ る場合も考えられますが、埼玉医科大学からの公式コメントが得られる以前(9月6日) の情報に基づく主宰者および運営委員の見解を記します。 1. 非公式の医療から公の医療へ:性同一性障害をめぐる現在の医療体制  「TSとTGを支える人々の会」には全国の性同一性障害者から、迅速かつ適切な医療 措置を望む多くの声が寄せられています。1950年代から、欧米諸国を始めとする世界 各国においては公の医療措置として性別再指定(性転換)手術が行われています。強 い性別違和感を持つ性同一性障害者への治療の一手段として性別再指定手術が有効で あることは、専門的知見の積み重ねによって確認されています。しかし国内において は、1995年の埼玉医科大学での手術許可申請まで、性同一性障害に対して公の医療措 置が検討されることがありませんでした。これは特に、1969年の「ブルーボーイ事件」 の有罪判決以来、医療従事者あるいは関連領域の専門家たちによって、しかるべき議 論がなされてこなかったためです。藁にもすがる思いの患者たちは手術を受けるため に、海外での医療か、非公式な国内の医療に頼るかの選択を迫られてきました。特に、 公でない医療措置に対しては問題の改善を要求することもできず、また適切なケアが 保障されないリスクを承知した上であえて治療を受けるという、非常に弱い立場を余 儀なくされてきました。しかし、他に選択肢のない状況下で、患者自身にとっては不 完全な医療すら「何もないよりまし」であったことは確かです。  1995年に埼玉医科大学において提出された手術許可申請は、これまでの閉ざされた 状況を変える契機となりました。特に、日本精神神経学会によって策定されたガイド ライン、および埼玉医科大学ジェンダー・クリニックの設置によって、1969年以降タ ブーとされてきた性同一性障害に対する治療を公のものとする道が開かれたと考えま す。近く実施される予定である性別再指定手術については、現段階で最も適切とされ る治療方針に基づいて下された判断であり、その決定は過去に行なわれた非公式な医 療措置の事実によって何ら変わるものではないと確信します。  何よりも大切なことは、患者の治療を受ける権利が確保されることです。現在は、 国内で認知を得てこなかった非公式な医療行為が、海外と同様に正当な医療行為とし て整備されていくための移行期間であると考えます。過去の反省を踏まえて、よりよ い安心して受けられる医療の確立を目指していくことが望まれる一方で、性同一性障 害を巡る国内の医療体制を再び「1995年以前の暗黒時代」に引き戻すことは何として も避けなければならないと考えます。 2.1993年に実施された医療措置をめぐる報道を踏まえて 「TSとTGを支える人々の会」は、多くの性同一性障害者が参加する自助・支援グルー プとして、埼玉医科大学と良好な関係を築いてきました。しかしながら1993年に埼玉 医科大学で実施されたとされる性同一性障害者への医療措置については、現在に至る まで会として情報を得ていません。したがって、これが実際に行われたものであるか 否か、行われたものである場合それが適切なものであったか否かについての判断を下 すことは困難です。今後は、一連の経緯における患者と担当医師の関係、事前・事後 の経過等できる限りの事実関係を把握し、患者が受けた医療措置に対する患者自身の 満足度という観点から、この件に関する判断をしていきたいと考えています。また、 このような状況を踏まえ、医療機関および他の関係各機関への要望を以下に記します。 1)適切な医療措置としての性別再指定手術の実施  適切な手順を踏んで実施される性別再指定手術は、性同一性障害の治療の一手段と して有効であることは、臨床知見の積み重ねの中で証明されてきたことであり、欧米 諸国の殆どに加え、アジアでも中東を除く多くの国がこれを正規の医療措置として認 め、実施しています。日本においてはこれまで明確な指針が示されていませんでした が、1996年8月に日本精神神経学会によって策定されたガイドラインはこのための指 針となり得るものです。性別再指定手術そのものを不適切な医療措置として誤認する ことなく、今後、適切な医療措置としての性別再指定手術が国内で継続的に実施され、 その一方でしかるべき専門的議論が深められていくことを強く求めます。 2)性同一性障害者が安心して治療を受けることのできる医療環境の実現  性別再指定手術に関る問題は日本では長くタブーとされていたため、医療機関にお いても、ごく一部の専門家を除いては正確な知識を持ち得ない状況にあります。性同 一性障害が性的倒錯と誤認されたり、趣味嗜好の問題として扱われることのないよう 正しい知識が普及されるとともに、性同一性障害者が偏見や差別、好奇の視線にさら されず、安定した質の高い医療を受けられる環境が早期に実現されることを望みます。 また、患者が利用する医療機関に従事する職員の理解を求めるべく、教育・啓発を行 なっていくことを求めます。医療機関を利用する患者のQOL(クオリティ・オブ・ラ イフ)を保障することは、適切な医療サービスを追求する上で不可欠な要素であると 考えます。 3)性同一性障害者の幸福の尊重  医療機関、報道機関、およびその他関連機関においてこの問題が議論される際は、 机上の論理に終始することなく、患者が幸福に生きる権利を最優先すべく、その判断 がなされることを望みます。性別再指定手術の必要性を徒に拡大解釈することなく、 患者自身が十分な情報提供を得た上で自己決定を行なうための環境を整備することが 必要です。そのためにも複数の医療機関や自助・支援グループ、および第三者機関等 による評価を可能にすることが重要であると考えます。今を生きる性同一性障害者の 窮状を放置することなく、患者の立場に立った治療を行なっていくために、より多く の学際的な知識を投入し建設的な議論が深められていくことを望みます。 <報道機関各社へのお願い>  93年に埼玉医科大学で行なわれた医療措置の件が明らかになる経過において、複数 の患者の個人情報を一部の報道機関が知り得る形となったことは、甚だ遺憾に思いま す。これは患者本人の意志に基づくものではありません。いかなる事情の下でも、治 療を受ける患者のプライバシーが第三者によって開示されることは倫理に反するもの です。今後同様の事態が起こる可能性を未然に防止するための措置がなされること、 またこれに関与した者の責任の追及がなされることを強く求めます。また、報道機関 の取材活動などを通じて患者の生活が脅かされることのないよう、最大の配慮をお願 いいたします。                                     以上
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